3/14(日)私の趣味と子どもの社会学習を兼ねて、岐阜県大垣周辺の3ヶ所を巡ってきました。大阪から青春18きっぷ利用です。
まずは根尾谷地震断層観察館。正式名称は「根尾谷」が付かないようですが、付けた方が検索しやすいですね。
大垣駅から出ている3セク鉄道「樽見鉄道」で、終点樽見駅の一つ手前「水鳥(みどり)」駅下車、徒歩3分くらい。目の前に大きな屋根の建物が見えていますので、迷うことはありません。

建物の入口や、内部でも高さ6m差の地震断層の写真を撮ったのですが、カードの不良か写っていませんでした(泣)。
内陸地殻内地震(いわゆる直下型地震)としては日本観測史上最大級の濃尾地震(現在の推定M8.0)でずれた断層面が地表に現れた「根尾谷断層」の露頭を屋内で観察することができます。十数年前洪水で水没したらしいですが、現在は元通りに復旧してい(るのだと思い)ます。地震についての展示資料、本巣市の紹介VTR、別料金の地震体験、実際の地震断層となっていて、館外の道を挟んだ向かいに断層の展望台があります。そこから撮った写真がこれ。

2本のオレンジの線に挟まれた部分が断層崖で、その直上に地震断層観察館が建てられていることがわかると思います。
根尾谷地震断層観察館-本巣市地震断層観察館・体験館-Wikipedia樽見鉄道は往復より安い1日きっぷ利用。時間があるので下り列車で終点の樽見まで行くことにします。
到着後、土産物屋さんでもないかと街の中心に出ますが、日曜日なので飲食店が1軒開いてるだけ。時間もないので、すぐに駅に戻ります。で、出発と思ったら...
いつまでたっても赤信号。無人駅なので、運転士さんがいろいろと試し、連絡をとってみるも変わりません。出発するときにはアナウンスするので、待合室でも結構とのこと。でも売店もなくただの部屋なので、みなさん車内待機です。

だ〜いぶ経ってから、途中の停電により安全のため信号が赤になっているとの説明。復旧したので出発しますとのアナウンスがありましたが、列車に連絡が入り「運休とし、次の13時32分発となります」
お腹も空いたので、この街に唯一と思われる商店へ。コンビニはないので、昔からのよろず屋さんです。日曜日だけど開いててよかった!
パンとバナナ、飲み物を購入して列車に戻ると、温泉施設帰りのお客さんで乗客が増えていました。出発待ちの間にパンは食べてしまいます。
山間部を抜けて、本巣駅で車両交換のため乗り換え。


大垣には3分、いや私たちにとっては93分遅れで到着。当初は先に輪中館に行く予定でしたが、3ヶ所回れなくなるので、奥の細道むすびの地記念館へ。駅前からイオンモール行きのバスに乗ります。

大垣は水の街、多くの水路が張り巡らされていて、古くから舟運に利用されてきた川もあります。

松尾芭蕉はこの地から桑名へと川船で下っていき、その後伊勢を訪れています。

駐車場側の入り口。こちらが表玄関。バス停側に裏口があり、川の側は大垣共立銀行の支店が入ってます。
奥の細道むすびの地記念館文学関係の展示なので、じっくり読みたいところなのですが、列車運休による遅れでそうも行かず。展示をざっと見て、映像を途中から見て、土産物を買って(水羊羹おいしかったです。羊羹より寒天に近い北陸タイプですね。大好きです。)、養老鉄道の西大垣駅まで歩きます。1kmくらい。

懐かしい私鉄っぽい駅でした。やってきた電車は元東急。

2駅先の友江で下車。駅前からは見えないのですが、すぐ近くに大垣市の「輪中館」があります。ただどうみても公民館で、入口は駅の反対側にありました。階段で2階に上がります。料金は無料。

浸水時は天井に引き上げる鎖がついた仏壇。

天井裏への階段を兼ねた箪笥。

水屋の軒先に吊るされる小舟。

「定杭」濃尾平野の下流はみな輪中であり、輪中の一方だけが堤防を高くすると、他方が水害に見舞われ争いとなるので、このような杭で輪中の堤の高さを取り決めたそうです。
さらに歩いて2分ほどの「輪中生活館」にも行きました。

門を抜けると、旧家の立派なお屋敷です。


大垣市内もそうですが、このあたりは湧水豊富で、屋内に引かれたこの水もコロナ禍以前は自由に飲めたそうです。輪中館主催で水まんじゅう作りの催しもされているそうです。

昭和の時代にはこのようなタンスも使ってました。

広いお屋敷ですね。

門のところで左手に一段高くなった土地があり、

先ほどの母屋から、屋内の階段で行くことができます。

逆向きに見下ろすと、母屋との高さの差がわかります。

上がると大きな広間。お金持ちの方はこのような立派な水屋を持つことができたのでしょう。他に納屋の水屋もあったようです。
さて、輪中生活館の見学を終えて先ほどの輪中館のある日進地区センターの駐車場に戻ると、

巨大な排水ポンプの排水口です。向こう側にはエンジンもありました。
輪中館・輪中生活館養老鉄道の友江駅で電車を待ちます。

子どもが「いかにも近鉄らしい駅」と言ってました。元近鉄養老線ですからね。向かいのプラットホーム上はベンチもない、屋根と板1枚の待合場所だけですが、周囲には駅舎の跡や、おそらく貨物用側線と思われる跡がありました。近鉄でも養老線は国鉄と同じ線路幅だったので、昔は貨物列車が走り、貨車が物資を輸送していたのでしょう。
posted by malay at 00:48|
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父子旅
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